経歴もプライドもゼロからの再スタート…シニア転職の現実

軽い気持ちで転職活動を始めてみた…シニア転職の現実

 

経歴もプライドもゼロからの再スタート…それは思っていた以上の厳しさの連続になりました。

 

恵まれた環境によって働くことに何の問題も感じなかった2015年12月までの現役時代。自分ではまだ最前線で十分働けると思っていたものの、気が付くと周囲の同僚の年齢が自分よりもずいぶんと若くなっていき、自分自身はいつまでも若いと思っていたのに、いつの間にかダントツの高齢者になっていました。

 

いつかはとは辞めざるを得ない時がくるとは思っていたものの、契約期間が終了するまで、なかなかきかっけがつかめずにいたのも事実でした。そんな矢先、この次にはと思っていた仕事が急に相手先の都合で目途が立たなくなってしまい、やむなくゼロから再就職活動を始めざるをえない状況になってしまいました。

 

 

打ち砕かれた自信とプライド

退職間際まで最前線で仕事をしていたこともあって、会社を辞めた後も同じようなつもりで働けるものと思っていたものの、迎えた現実はそんなに甘いものではありませんでした。考えてみれば当たり前のことなのですが、自分ではまだまだできる、自分にはこんな優れた能力があると思っていても、自分のことを知らない第三者にとっては全く素性の分らないどこにでもいる普通の高齢者でしかありません。

 

 

年金と日々の生活

一方で64歳になって始めてもらった年金は月額14万円ほど。65歳になれば増額されるとは言うものの、これまで過ごしてきた生活から見れば十分でないのは明らかでした。生活を維持するためにも何とか働き続けなければならないにも関わらず、なかなか職が見つからないという焦りが募っていきます。

 

気持ちと体力のかい離

どこまで「その気」を持ち続けて働けるのか? それは気力と体力の両天秤にもなります。
自分ではカラダのどこにも悪いところがないと思ってはいても、やはり歳を重ねればどこかに悪いところが出てくるものです。これまでいくら自制していても、これだけはどうにもなりません。63歳の時には一年間の間に前立腺がんとヘルニアの二つの病で悩まされましたが、何とか会社にも知られることなく済ませることができたのが自信にもなっていました。

 

派遣会社を駆け巡り…

最初に注目したのは現役時代のキャリアを生かせるという派遣会社。人脈や専門知識に特化したタイプの会社で、これこそ自分の経験を活かせる職にありつけるとは思ったものの、自分の関わって来た分野が医療の非常にニッチな分野だったこともあって、まずは求人すら乏しい分野であることが分かりました。

 

同時に人材派遣会社にも何社か訪問して登録し、職を紹介されるのを待ち続けましたが、1か月たっても2か月たっても何の音さたもないままに過ぎていきます。あまり他社に任せきりにするのも良くないことに気付いてもいました。

 

自分の付加価値とは、備えている技量とはいったい何なのか?

次第に追いつめられていくにつれ、一体自分のこれまでの経験とは、知識とは何だったのかを考えさせられるようになっていきました。ある特定の分野では通用したことであっても、ほかの分野になってしまえば全く何も知らないただの高齢者であることに自覚を持ち始めてもいました。

 

要するに、自分には社会的に認めてもらえるような素養も技能も持ち合わせえていなかったのだということ。それに自分のことを全く知らない相手からしてみれば、年齢という誰にも共通な選別法を取っていれば、よりリスクの少ない採用を行えるのだということ。それに気づいてしまえばもはやプライドも何も関係ないものになっていました。要するに自分は特別な経験を積んだ存在でも、優れた知識を持った存在でもなく、他の職を求める人たちと同じ線上にいるにすぎないのだと。

 

応募しまくりの毎日

現在はネットでも非常に多くの職が紹介されています。仕事内容、勤務地、そして給与と、記載されていることは定型化していて応募も簡単に出来るのですが、そこには記載されていないのが「目に見えない年齢の壁」。法律で年齢制限を付けてはいけないとなってはいても、現実には面接の段階にさえ進めないのが現実です。一方で年齢から調べてみると、警備員が老人ホームでの清掃員ぐらいしか出ていません。もちろんこれらも一度は検討しましたが、自分には体力的に無理かとも思い、結局は応募せずじまいでいました。

 

面接の日々

そうこうしながら、1か月たち、やっとのことで数件については何とか面接にまでこぎつけることが出来るようになりました。まずは近所の大手カメラ店。とはいってもパソコンや携帯電話で撮ったデータのプリントを請け負うチェーン店でした。自分の息子ほどの年齢の店長の面接を受け、自分としては以前にカメラメーカーに勤めていたこともあって写真知識を含め、絶対に落ちるはずがないと思っていたところ、数日後に不採用の通知が履歴書と共に送り返されてきました。

 

一体何がいけなかったのか自分でも理解できず、頭の中もすっかり混乱していました。同時に申し込んだ近所の小規模貿易会社での海外とのやり取りを行うのが仕事。時給は低かったものの、通勤時間がほとんどかからないことと、ほかの仕事の掛け持ちで何とかなりそうと思って申し込んでみたのですが、これも呆気なく履歴書の段階でアウト。次に某進学塾の講師のアルバイトを申し込み、実際に試験もうけて経営者との面接まで受けました。その時の感触から採用間違いなしと思っていたら、これも不採用の知らせが。さらに近所のレンタカー事務所と、もはや手あたり次第に申し込む日々が続きました。
同時に、賃金相場というものも知ることになりました。ちなみにこれまで応募してきた仕事の時給は次の通りでした。

 

 

どうやらアルバイトのような短期契約の仕事としては900円前後という世間相場があるようなことが分かりました。それまでの給与と比べてみるとはるかに低い金額には唖然とさせられるものでしたが、これも現実です。
並行して行っていた英語を生かせる仕事については、派遣会社からは全く連絡がないまま時間だけが過ぎていきました。

 

Web記事書き

同時進行で、たまたま見つけたのがクラウドソーシングという新しい業態。以前から話には聞いていたものの、恐る恐る初めて見たところ、運よく連続で記事を書く仕事にありつけて小遣い稼ぎ程度にはなっています。これも技術と経験、知識を身に付ければ、後々継続して役に立つのだということを思い、今は修錬と経験を重ねることに励んでいます。勤務場所に束縛されないことは私にとっては非常に魅力的です。

 

何とか見つけた新たな場

職探しを始めて3か月目になろうとしていたある日、某派遣会社から連絡があり、データ入力の仕事の仕事を紹介されました。聞くところによると勤務場所はその派遣会社の本社で、英語も使う仕事なので、仕事内容さえ抵抗ないのであればどうかというお誘いでした。以前には思ってもみなかった仕事であるために色々と考えもしましたが、派遣会社であるからこそ年齢にはこだわらないのだろうと考え、結局働かせてもらうことに決めました。

 

今は勤務開始から一か月たち、何とか新たな仕事も覚えつつあってやっと落ち着いてきたところです。私の場合は、身に付けていた英語という技術が結局は役に立って職にありつけましたが、そうでなかったらと思うと今でもゾッとしてしまいます。

 

世の中では「高齢者も活用の時代」とか言っていますが、現実はまだまだそんなものではなく、思っていたよりもずっと厳しいということを、身を以て思い知らされました。 早いうちから将来も自分自身を生かせる技術なり資格を取っておくに越したことは無いこと、そしていかに上手にそれを相手にアピールできる術と手段を持つかということが、重要だとこの歳になって思うようにもなりました。若い人たちと比べれば先が短いことによる制約が付きまとうのは仕方のないことですが、それにめげることなく、少なくても気持ちだけは誰にも負けないというつもりで日々仕事に取り組んでいます。


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